新築住宅の建築や建替え、給水管の新設・引替工事を進めようとする最中に、前面道路が私道であることに気付き、手続きが止まってしまうというのは、不動産の現場でよくある場面です。
令和の民法改正により、ライフラインのために他人の土地に設備(配管など)を設置する権利(いわゆるライフライン設備設置権)が明文化されました。これにより、法律上は、必ずしも私道所有者の「承諾書」がなくても水道管等を埋設できる場合があるという考え方がとられています。
もっとも、実務の現場では依然として、多くの水道局・ガス会社・金融機関・買主が「私道通行・掘削承諾書」の有無を重視しているのも事実です。つまり、法的なルールと、実務上の「安心材料」としての承諾書とは切り分けて考える必要があります。
本記事では、改正民法の内容と、水道工事における私道通行・掘削承諾の実態について解説いたします。
改正民法で変わったポイント
令和5年施行の民法改正により、新しく「ライフライン設備設置権」(民法213条の2)が明文化されました。これは、電気・ガス・水道などの継続的な給付を受けるため、どうしても他人の土地に設備を設置したり、他人の設備を使用したりしなければならない場合に、その範囲で設置・使用を認める権利です。
条文上は、次のようなイメージで整理できます。
- 自分の土地に電気・ガス・水道などを引くのに、他人の土地(私道など)を通らないといけない場合
- 一定の条件を満たせば、所有者の承諾がなくても、必要な範囲で配管等の設備を設置できる
- その代わり、事前通知や償金(損害に応じた金銭)の支払いなど、一定の配慮義務がある
つまり、「承諾を取れないと何もできない」という従来の考え方を、法律上は緩和したというのが改正民法の趣旨です。
法律上は「承諾書が絶対条件」ではなくなった
事前の「通知」が義務に
改正民法では、他人の土地に設備を設置したり、他人所有の設備を使用する際には、あらかじめ目的・場所・方法を通知する義務が定められました。
この通知は、「相手が準備できる合理的な期間をおくこと」が求められ、法務省ではおおむね2週間~1か月程度が目安とされています。
償金(損害に応じた金銭)の支払い
他人の土地や設備を使用することで、相手に損害が発生した場合には、償金(損害の程度に応じた金銭)を支払う義務があります。
ここで重要なのは、「高額なハンコ代を支払わないと工事できない」という構造を法律としては是正しようとしている点です。今後、承諾料名目ではなく、実際の損害に基づいた償金という整理が、より意識されていくと考えられます。
条文上は承諾がなくても一定条件で行使可能
以上を踏まえると、改正民法のもとでは、ライフライン設備設置権に該当する範囲について、形式的な「承諾書」がなくても、通知と償金を前提に、一定の範囲で工事が可能ということになります。
しかし、ここで注意すべきなのは、「法律上可能であること」と「実務上スムーズに工事ができること」は必ずしも一致しないという点です。
それでも現場では「私道通行・掘削承諾書」が求められる理由
不動産・建築・ライフラインの実務の現場では、改正民法施行後も、なお次のような理由から承諾書の取得が重視されています。
水道局やガス会社の運用が追いついていない
一部自治体では、改正民法を踏まえて「原則として承諾書の提出を不要とする」と明示した例もありますが、全国一律に運用が変わったわけではありません。
自治体・水道局によっては、従前どおり「私道所有者の承諾書がなければ工事受付をしない」という内部運用が続いているケースもあり、現場では今なお承諾書が事実上の必須書類になっていることがあります。
金融機関・買主の安心材料として
不動産売買や住宅ローン審査の場面では、従来から「私道の通行・掘削承諾書」がある物件の方が好まれ、承諾書が無かったり、取得するこができなかったりする物件は評価が下がったり、融資が難しくなったりすることがありました。
改正民法により「理屈の上では承諾書なしでもライフラインを引き込める」ことになったとしても、実務上は、やはり承諾書がある方が安心・安全と判断されやすい状況は、少なくとも現時点では変わっていません。
近隣関係・心理的なトラブルのリスク
法律上は通知と償金で足りるとしても、近隣の私道所有者から見れば、「何も言わずに勝手に掘られた」と感じるかどうかが重要です。
特に、私道が生活動線になっている場合や、共有者が多い場合などは、事後的な感情的対立や長期の関係悪化を避ける意味でも、事前に書面での合意(承諾書)を交わしておくことが望ましいといえます。
私道通行・掘削承諾書の位置付けは「法律上の必須」から「強く推奨される安心材料」へ
以上を踏まえると、改正民法施行後の私道通行・掘削承諾書は、次のように位置付けを整理することができます。
- 民法上
ライフライン設備設置権に該当する場合、承諾書がなくても一定条件で行使可能 - 実務上
水道局・ガス会社・金融機関・買主・近隣住民の安心材料として、今も承諾書が事実上重視されている - 結論
「法的には絶対条件ではない」が「安全に進めるなら取得しておくのが現実的」
特に、不動産取引や建築計画では、「数十年単位で使い続けるインフラ」を扱います。短期的な工事だけでなく、その後の生活・売却・建替えまで見据えると、やはり承諾書がある物件の方が安心と言えるでしょう。
湘南さむかわ行政書士事務所のサポート内容
湘南さむかわ行政書士事務所では、次のようなご相談に対応しています。
- 私道通行・掘削承諾書の文案作成
- 私道所有者へお渡しする説明用資料の作成
- 承諾書の取得代行※
※取得代行については成否を保証するものではありません。また、所有者の所在が不明である場合は職権による住民票等の取得を要しますが、取得が認められるかについては市区町村毎の役所判断によります。
まとめ
改正民法により、ライフライン設備設置権が明文化されたことで、「承諾書がないと何もできない」という状況は、法律上は一定程度緩和されました。
しかし、自治体の運用・水道局やガス会社の実務・金融機関の審査・将来の売買や近隣関係を総合的に考えると、依然として私道通行・掘削承諾書を取得しておく意義は大きいといえます。
水道工事や建築計画で私道が関わる場合には、「法的にはどうか」よりも「現実的にはどうか」を考えることが大切です。お一人で判断するのが難しいと感じられるときは、お早めに専門家へご相談ください。